2019
04.13

横浜市立大学付属市民総合医療センター 湯村寧先生インタビュー

インタビュー

今回は、横浜市立大学付属市民総合医療センターで生殖医療センターの部長(准教授)をされていらっしゃる湯村寧先生にお話をお伺い致しました。

2014年に作られたこちらのセンターでは、女性不妊だけではなく男性不妊も含めて各診療科と連携を取りながら治療にあたっておられます。

少しでも多くのご夫婦の望みを叶えるべく、日夜、診療に励んでいらっしゃる湯村先生のインタビューをどうぞご覧ください。

湯村先生です。

ドクターになられたきっかけについてお聞かせください。

かつて、小さい頃に祖父が亡くなった時、お医者さんになると話していたようですが、実際に決めたのは高校の時ですね。文系と理系を選ぶ際に、理系から文系に転向は出来るけれど、逆は難しいということでまず理系を選びました。

そして、ちょうど進学する学部を考えていた高2の夏休みに海外のアーティスト達がアフリカの人々を救うためにあつまったLive AIDやみんなで歌った「We are the world」のライブ映像をテレビで見て、「すごいなあ、自分にも何かできることがないかなあ」と考えた時に、ふと医者になろうと決意しました。

父親は工(鉱)学部出身ですが、本当は政治経済に携わりたかったようです。しかし、祖父の後を継いで炭鉱技師の道へ進んだということもあり、出来れば息子にサラリーマンとして働いて欲しいという気持ちがあったようで、かなり反対されましたね。

泌尿器科を選んだきっかけについて教えてください。

現在の研修医制度では、2年間色々な診療科をまわって選択することができますが、私の頃は多くの大学で、卒業した時点で入局先を決める必要がありました。しかし、私が在籍していた大学では、現在の制度のように複数の診療科を経験してから決めることができましたので、大学卒業当初は産婦人科へ進もうと思い、そのつもりで産婦人科を中心に研修をしていました。ただいろんな科をまわってみると他の科の良いところもみえてきます。産婦人科の研修前にまわっていた泌尿器科も産婦人科に劣らず楽しく、雰囲気がよかったのです。色々悩んだんですが結局その雰囲気に惹かれて泌尿器科を選択することにしました。

ただ産婦人科の医局の先生はその当時もかわいがって下さって今もお世話になっています。不妊治療を行うには一緒に仕事をしやすい環境だと思います。

泌尿器科の中でも、男性不妊を選んだのはなぜでしょうか。

多くの場合、入局した当時に所属していた病院の部長先生が携わっていることに影響を受けますよね。私の場合は、最初の赴任先が藤沢市民病院だったのですが、部長先生が当時にしては珍しく男性不妊を専門にされていました。精索静脈瘤などをテーマとした論文もかかれており、私も必然的に男性不妊に携わるようになっていましたね。

しかし、外の関連病院にいると男性不妊の患者さんはあまり来院しません。そのため、男性不妊に関わる機会が少なかったのですが、今の私の職場(市民総合医療センター)にいらっしゃった前任の先生が2008年に開業することになったため私が異動し、それがきっかけで深く関わるようになりました。

最近の男性不妊の現状について、詳しく教えていただけますでしょうか。

世界中のデータを見ていると、精子が減っていることが見て取れます。日本では、そのような調査を行っていないので何とも言えないのですが、おそらく先進国のライフスタイルを見ていると、減っているのだと予測はできますよね。

男性不妊に関して、最近では色々なことがわかってきています。

例えば、精液所見が悪い男性は病気になりやすいかもしれないというデータも出始めていますし、だんだんと精子に関する常識が覆されてきています。

患者さんの意識もここ何年かで変化しており、男性であっても受診時に関心を持って聞いてくれる人が増えてきている印象ですね。こちらの患者さんも生殖医療センター開設時と比べて倍増しています。

EDやセックスレスは増えてきていますか?

そうですね。セックスレスは多いですね。

また、奥さんの膣内で射精できない方も増えてきています。それも定義的にはEDになるのですが、私が携わっている横浜市や神奈川県の不妊相談でも同じような訴えをもつ方がたくさんいらっしゃいます。

EDのリスクファクターとして糖尿病やメタボリックシンドロームなども指摘されていますが、悩まれて来られる方にそういうケースは少なく、メンタルが原因の場合が圧倒的に多いですね。

排卵日ED、つまり排卵チェッカーや排卵日がわかるアプリの普及によって、奥さんから無言のプレッシャーがかかるわけです。

これまで、したいときにセックスをしていたのが突然、しなければいけないに変わる。奥さんは男性の体について詳しく理解できていないので、付き合っているときは問題なかったのに今はどうして出来ないのだろうと疑問に思い、病院の受診を勧められる旦那さんは多いですね。

よくよく、旦那さんの話を聞いてみると悪いところはないことが殆どです。そこで、同じような悩みを抱えている男性がいることを伝えると、ホッとして帰っていきますね。

このような場合の解決策は、ED治療薬でも良いですし、人工授精でも良いと思います。

たまに、セックスで子供を作ることにこだわる方がいるのですが、この場合は子作りとセックスを分けていただいたほうが、夫婦はうまくいくと考えています。

今後、現在の治療法からもう一歩踏み込んだものは出てくるのでしょうか。

薬物療法では、抗酸化療法が注目されています。

酸化ストレスがかかっている患者さんに対して、抗酸化剤を投与する、抗酸化物質を含んだ食べ物をたくさんとっていただくといった治療です。精液中の薬物動態が詳しくわかっていないので、その辺りを調べていかないと薬を開発することは難しいと思うのですが、酸化ストレスを抑えるような抗酸化物質の入った薬剤を使っていくというのが抗酸化療法になります。

ただ、この場合は、治療をする上で酸化ストレスを測定するデバイスを開発しなくてはいけないですよね。基本は精液をそのまま測るのですが、最近は精液をチップにつけると活性酸素と抗酸化物質のバランスを計測できる機械も出てきました。小さなデバイスですが、数分で結果がでるのですぐに患者さんに伝えられるというメリットがあります。

また、患者さんも精液検査の結果に一喜一憂するだけではなく、プラスアルファの情報も欲しいと思っているので、精液検査の結果を受けてどのような治療をしていくかが重要だと感じています。

ただ酸化ストレスが高い方に対して薬を飲んでもらってもみんなが改善するわけではないところであり、そこが難しいところですね。

男性不妊に関しては、日頃の生活も大事です。射精は細かく、週に2、3回はしてくださいとお伝えしています。また、体を動かすことやタバコをやめてお酒を控えるといった生活習慣の改善も必要です。

最初は実感がわかないかもしれませんが、1、2年という期間で見てみるとだんだんと良くなってくるのがわかるかと思います。

私は、精液所見は血液検査よりも早期に身体のダメージを感知できるのではないかと考えています。

なぜかというと、精液は卵に突き進むだけの細胞なので、防御システムもあまり持っておらず、何か問題があるとすぐダメージを受けてしまうものです。

そのため、精液所見が悪くなるということは、体が悲鳴を上げ始めているということなのではないかと思うのです。そのため生活習慣の改善が精液所見の向上につながるのではないかと思っています。

精索静脈瘤を手術することでDNAの断片化が減るというデータも出てきていますので、昔は単に手術をして自然妊娠を目指していたのが、今では静脈瘤の手術をしてARTをすることが妊娠率向上につながるという考え方に変わってきています。

MD-TESEに関しては、精度を上げることが重要だと考えています。MD-TESEは医師の腕だけで成績は向上しません。医者の腕は半分くらいで、残りの半分は培養士の目が重要だと思っています。

先生のところでは、色々な研究をされていると思うのですが、その内容について伝えられる範囲で教えていただけますでしょうか。

以前、私達は精液中の活性酸素が高い方は自然妊娠しにくいというデータを報告しており、男性不妊と酸化ストレスの関連の研究に精力的に取り組んでいます。活性酸素の値と精子の運動率が逆相関することも調べましたし。最近では、活性酸素値・酸化ストレスが高い方は、良好胚盤胞到達率が悪い傾向にあることもわかってきました。その他、活性酸素や酸化ストレスとDNA断片化との関係についても、他院と研究を進めているところです。

横浜国立大学と精子のAI診断について研究を行っていると言うことですが横浜国立大学と一緒にどのような研究をされていらっしゃるのでしょうか?

現在は、3つのことに取り組んでいます。

一つ目は、TESE時に精子を探すことですね。こちらは、精子を探すだけなのでそれほど難しくないのですが、加えて、精子細胞や精母細胞も調べられないかという研究をしています。

AIに細胞の形状を覚えさせることが出来た場合、精母細胞・精子細胞はあって精子がいないとなった時にここは一旦、引き上げてゴナドトロピン注射をして精子を育てようという戦略を立てることもできます。

また、精細胞の個数がわかってくると、精巣に関する病理についてはAIに判定してもらうといった、新たな判断システムが構築できるのではないかとも思っています。

二つ目は、CASAという精子運動解析システムを用いた精子の追跡です。

これまで、CASAでは拾えない精子がいる、又は精子ではないものを拾ってしまうと言われていましたが、AIでしっかりと精子を認識して追尾するシステムを作ることができるのではないかと考えています。

上手くいけば、白血球の個数や精子の奇形率なども、一度の検査でわかるようになるかもしれません。そうなると、培養士の方の仕事が楽になりますよね。

そして、最後はICSIに関する研究です。

顕微受精の精子は、全てが綺麗な精子ばかりではありません。やはり、少し使いにくい精子が出てくることもあるので、その時にAIが判断して形状の良い精子を提示してくれる、更に進んで絶対評価による精子の点数つけシステムができれば良いですよね。

この方法の良いところは、男性不妊を治療した時にも評価ができることです。今は、薬を飲んでオペをしたとしても、精子が増えましただけで終わっていますが、形が良くなったなど点数が良くなれば妊娠しやすいことがわかるようになるといいですよね。

一つ目と三つ目の研究に関してはすでに始まっており、胚培養士さんから得た教育データが1,000個ほどある状態です。ゴールはありませんが、これを繰り返して学習させていくことで、培養士の教育システムなどに反映させることができればと思っています。

今後のビジョンについて教えてください。

AIに関しては、ベンチャーも含めて私たちのアイディアを評価してくれるところと一緒に取り組んでいきたいと思っています。私たちの売りは、クラウド上で全てのデータをやり取りできるという部分なので、学習させていくことで日本中の培養士の方から知識を吸収することができます。これから多くの培養士の方々に協力をお願いしてゆこうと思っています。

また、私自身のビジョンとしては、男性不妊についてより多くの方に知ってもらいたいということを目標に、このセンターを伸ばしていきたいですね。産婦人科のドクターに患者さんを紹介してもらう他、患者さんを啓発していきながら治療していくことが必要だと思っています。

<まとめ>

最近の研究も含めて、男性不妊について色々とお伺いいたしました。

AIの技術が不妊治療の分野に加わることで、より多くのカップルの願いを叶える一助となると強く感じたインタビューとなりました。

湯村先生、お忙しい中取材をお受けいただきありがとうございます。この場をお借りして厚く御礼申し上げます。

<参考サイト>

横浜市立大学附属 市民総合医療センター

https://www.yokohama-cu.ac.jp/urahp/

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